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【法改正に対応】遺留分侵害額の計算方法

今回のテーマは「遺留分」です。
遺留分とは一定の相続人の最低限の取り分などと言い換えられるかもしれません。
要するに被相続人(亡くなる人)は相続人の中に多少仲の悪い人がいたとしても自分の財産を全て好きなように分配できませんよ、ということです。

昨今の制度改正・法改正により今後ますます請求しやすくなると思いますので計算方法を簡単にご説明します。


事案の概要

先生!父が先日亡くなったのですが、遺言に全ての財産を兄に相続させると書いてありました。父の財産は実家(4000万円)と預貯金500万円ですが、借金が100万円あったようです。私は何ももらえないのですか?

そのようなケースでは遺留分侵害額請求ができないか検討する必要があります。

遺留分とは

遺留分とは少し難しい言葉で、「一定の相続人に留保された被相続人の財産の一部」と定義されます。
要するに遺言等によっても被相続人は自分の財産を全て自由に分配できるわけではなく、各相続人に最低限保証される部分がありますよ、ということです。
その趣旨(目的)は、相続人の生活保障・夫婦の実質的共有関係の精算・遺産形成に協力した相続人への再分配の確保を図るという点にあります。

実は数々の法改正や新制度によって遺留分を侵害されているという請求がしやすくなっています。

遺留分侵害額請求に関係する法改正・新制度

①不動産について共有持分ではなく端的に金銭を請求できるように法改正

以前、本コラム「相続法改正で慰留分の請求が容易になります。」で紹介した通り、遺留分の請求についてはこれまでは不動産についてはお金が請求できるわけではなく、共有持分が取得できるだけであり非常に使い勝手が悪かった点が改正され、端的に金銭を請求できるようになりました。
その他細かい点が改正されていますが、特筆すべきポイントとしては遺留分請求権が単なる金銭請求権となったために遺留分請求者の住所地の裁判所で裁判ができるようになりました。

②戸籍の広域交付制度の新設(相続人による一括取得)

遺留分を請求する前提として相続人を確定させるために被相続人の出生から死亡までの戸籍を集める必要があります。
本籍地があちこちに移っている場合、1通ずつ定額小為替を添えて取得することで戸籍を辿っていくのがこれまでのやり方でしたが、非常に時間と手間がかかりました。
ところが、2024年3月1日より、最寄りの役所で相続人が一括して取得できる制度が始まりました(今のところ弁護士は使えないので依頼者様にご取得いただく形になります。)。

本稿の主題ではないので詳しくはリンクの法務省のホームページをご参照ください。

③相続財産の一括照会制度の新設

2024年8月17日の日経新聞(※リンクは有料会員限定閲覧)で報じられましたが、相続人の預貯金・不動産についての一括照会の制度が新設されます。

これまで、被相続人の財産について、どこに何があるかわからなかったので相続人は戸籍を集めた上で例えば預金のありそうな金融機関に虱潰しに照会をかけていくという方法で財産調査していました。
不動産については相続人は名寄せ帳を取り寄せられましたが、市区町村を飛び越えて網羅的に検索できるシステムはありませんでした。

今回、財産を一括で照会できる制度が預貯金では25年3月末を目処に、不動産では26年2月に始まる予定とのことですが、少なくとも預貯金については生前に紐付け作業が必要ですので既に亡くなっている方のケースでは使えません。
具体的な手続き等はこれから決まっていくので注視したいと思います。

遺留分侵害額の計算方法

簡単にお金だけ請求できたら便利ですね。遺留分はどうやって計算するのですか?

基本式は以下の通りですが、結構複雑なので分解して順番に解説していきます。

遺留分侵害額=遺留分額(①遺留分算定の基礎となる財産額×②個別的遺留分率)−(a)遺留分権利者が受けた遺贈・生計の資本贈与の価格−(b)未処理遺産から遺留分権利者が取得すべき遺産の総額+(c)遺留分権利者が承継する債務額

①遺留分計算の基礎となる財産額について

①遺留分計算の基礎となる財産は主に被相続人の相続時点で存在するプラスの財産ですが、生前行われた特別受益や贈与を加算し、債務を控除しますので以下の計算式になります。

①遺留分計算の基礎となる財産額=被相続人の相続時点で存在するプラスの財産+特別受益・贈与財産−相続債務

※ここで考慮する特別受益と贈与は民法1044条・1045条の制限を受けるので、相続人に対する10年以内の特別受益と相続人以外に対する1年以内の贈与に限られます。

なお、特別受益とは、婚姻等のため若しくは生計の資本としての贈与をいいます。家の頭金を出してあげたとか車を買ってあげたなど遺産の前渡しと言えるようなものが該当します。

これを本件に当てはめると、①遺留分計算の基礎となる財産は4500万円−100万円=4400万円ですね。実際の事案では特別受益が問題になることが多いのですが、複雑になりすぎるので本ケースではないものとします。

②個別的遺留分率について

相続財産全体に対する遺留分を総体的遺留分、各人が具体的に請求できるものを個別的遺留分といいます。
総体的遺留分については原則2分の1で直系尊属のみが相続人の場合は3分の1になります(民法1042条1項)。

これに法定相続分を掛けると②個別的遺留分が算出されます。
(本件では②個別的遺留分率は1/2×1/2=1/4です。)

以下は応用編です。弁護士でも間違えると話題になっていたので調べてみました。

ただし、計算式について硬直的に総体的遺留分×法定相続分と考えていると計算ミスをすることがあります。
例えば相続人が配偶者と被相続人の兄の場合に配偶者の遺留分は1/2×3/4(※民法900条1項3号)=3/8となりそうですが実際には遺留分権利者が配偶者のみなので1/2が個別的遺留分です。
そもそも相続財産に対して遺留分が占める割合は1/2であるところ、兄弟姉妹は遺留分の権利者ではありません(民法1042条1項)。
最後に法定相続分を掛けるのはあくまでも遺留分をどう分配するのかという話なので、他の相続人が遺留分権者でない(兄弟姉妹の)場合には配偶者が総取りと整理されるので3/8ではなく1/2になります。
以上は相続人が(遺留分権利者でない)兄弟姉妹+配偶者の場合固有の例外的な問題ですから、基本的には上記の通り総体的遺留分×法定相続分とシンプルに考えるのが良いと思います。

当該相続人の遺留分額

上記①遺留分の基礎となる財産額4400万円×②個別遺留分率1/4=1100万円が相談者の遺留分額になります。

最終的な遺留分侵害額請求の金額について

冒頭の計算式の通り、各相続人の遺留分額に対して、(a)遺留分権利者が受けた遺贈・生計の資本贈与の価格−(b)未処理遺産から遺留分権利者が取得すべき遺産の総額を差し引き、(c)遺留分権利者が承継する債務額を加えた金額が、本件で具体的に兄に対して請求できる遺留分侵害額になります。

(a)遺留分権利者が受けた遺贈・生計の資本贈与の価格

遺留分を請求した際に兄からの反論という形で問題になります。

注意点として、上記①遺留分の基礎となる財産額の計算では10年前までの贈与に限定されていましたがここでは期間制限がないということで非常にややこしいです。

あまりに古いものはもちろん立証できるかという問題が出てきますが、大きなお金の動きはどこかに痕跡が残りますし、最近では金融機関の取引履歴の開示期間が伸びているので今後ますます争いになるポイントかもしれません。

遺留分はあくまでも最低限度の保障なので、生前に遺産の前払い的に受け取ったものがあるのであれば遺留分の請求額から控除します。本件ではゼロです。

(b)未処理遺産から遺留分権利者が取得すべき遺産の総額

本件では全ての財産を兄に相続させるという遺言がありますので問題になりませんが、相続財産が多数ある場合には幾らかの財産が遺留分請求者に割り振られている可能性があります。

また、遺言から漏れている財産は別途遺産分割協議が必要ですのでその結果何らかの財産を受け取る可能性があります。

遺留分はあくまでも最低限度の保障なので、受け取ったものがある場合には請求額から控除することになります。本件ではゼロです。

(c)遺留分権利者が承継する債務額

ここで問題になるのは遺留分権利者が具体的に承継する債務です。

注意点としては法定相続分ではなく、指定相続分が原則になるという点で非常にややこしいです。
本件ではお父様は100万円の借金をしています。
仮に遺言で債務も長男に相続させるとしていた場合には指定相続分として遺留分権利者の相談者が承継する債務はゼロなので何も加算しません。
(債務に関しては、債権者との関係では遺言の内容にかかわらず法定相続分に応じて按分されます=遺言の内容は債権者に対抗(主張)できません。したがって、普通に考えると同じく法定相続分で按分なのでややこしいです。仮に遺言で長男に債務も相続させるとしていた場合に相談者が債権者から請求された場合は法定相続分の50万円を支払って兄に求償することになります。)

本件のように遺言で特に指示されていない場合は法定相続分に従い按分されますので半分の50万円を加算します。

ちなみに債務については①遺留分の基礎となる財産額でも登場していて2回出てくるのは不自然に感じますが計算ミスではありません。

(d)結論

最終的には相談者は兄に対して1150万円を請求します(が、50万円は債権者に支払うことになります)。

なかなか大変そうですが得られるものも大きいですね。やってみる価値はありそうです!ちなみに実際の事案ではどういう点が問題になることが多いのでしょうか?

実際の事案では特別受益の有無と不動産の評価が問題になることが多いです。
本件はシンプルにするために不動産の価格は固定していましたが、実際は相続時点の市場価格をめぐって争いになります。一部につき借地権があったり、土地だけ他人名義だったりするとどう評価するかについて難しい話も出てきます。
相談者様のようにシンプルな事案でも相続人が協力的でなければ最終的にお金を回収するところまで漕ぎ着けるのは大変ですので弁護士に依頼することをお勧めします。

以上

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