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アパートで自死が発生した場合の損害賠償請求

今回のテーマはアパートにおいて自死が発生した場合に貸主は借主に損害賠償請求できるのかです。

判例データベースで検索すると、そこまで類似の裁判例が多いわけではないところ、下級審の裁判例の読み方によっては結論が分かれそうだなという印象だったのでまとめてみました。


1 事案の概要

先生!単身赴任していた父が、借りていたアパートで服毒により自死しました。父は多くの財産を持っていたので私は単純相続しています。
アパートの大家から、父の自死により不動産価値が下がったので損害賠償を支払えという請求が来ているのですが金額が大きくて驚いています。
妥当な賠償額を知りたいです。

まずは前提条件から確認していきましょう。

2 損害賠償請求が問題になる前提条件

(1)前提条件①

自死された方は当然亡くなっているので、自死による損害賠償請求が発生する事案というのは、
①本件のように相談者様が相続人になっているケースと、②連帯保証人になっているケースがあります。
①相続であれば最悪相続放棄で責任を逃れられますし、保証会社の普及により②連帯保証人が求められるケースは減っているのでいずれにせよ訴訟まで発展するケースは多くなさそうです。

(2)前提条件②

国交相のガイドライン(※リンク先は国交相のHP)により、自然死などはそもそも告知義務が生じないことが明確になりましたので同じように告知義務の対象外である事情に関しては(不動産の価値毀損についての)損害賠償請求の前提条件を欠くことになります。
ただし、清掃費用等は問題になりえますし、自死については依然告知義務が生じます。

3 何が損害?

なるほど。ところでこういうケースでは何が損害に当たるのでしょうか?
私は不動産の価値そのものの毀損につき売却査定価格の50%と修繕費を請求されています。
ただ、告知義務って永続するものではないのに売却価格の50%も支払うのは納得できません。

何が損害かについて、参考になる下級審裁判例が2つあるのでご紹介します。
大枠で以下の損害に分類されるところ①と②は両立しないように思います。
①不動産価値そのものの毀損額
②本来得られたはずの賃料相当額
③清掃費用

(1)東京地裁平成29年4月14日判決

この事案では原告は首位的に不動産価格の50%を、予備的に10年分の賃料相当額、これに加えてその他の清掃額を請求しました。
裁判所は、更新直後であること、具体的な売却予定も決まっていなかったこと、事故に起因する嫌悪感は長期にわたって継続するものではないことから①不動産価値そのものの毀損額による損害を否定。
②賃料相当額につき、1年目は100%、2年目〜3年目は50%の範囲で損害を認めました(ただし、一括で将来分の損害につき受給するのでライプニッツ係数による減算アリ)。
③清掃費用につき、特殊清掃については具体的に必要性を検討した上で否定。
供養やお清めに関する費用は肯定し、その他は原状回復に関する一般的な国交相のガイドライン(※リンクは国交相HP)に準じて判断しています。

(2)東京地裁平成26年3月18日判決

この事案は被告である連帯保証人が出頭していないという特殊事情がありますが、損害についての裁判所の判断は参考になります。
(いわゆる欠席判決ではないので答弁書だけ出して不出頭でしょうか。)
具体的には、②賃料相当額につき貸出不可が生じる1年目を100%、2〜3年目を50%(ただし、上記と同じくライプニッツ係数による減算)と判断しています。

つまり不動産の価値が下がるという主張は認められず、賃料3年分(ただし2〜3年目は半額)が損害になるということですね!
判断が共通しているのである程度先例的な価値があるように思いますが・・・?

そうですね。告知義務が永続しないこととのバランスでいっても妥当な結論だと思います。
告知義務は数年で無くなるのに不動産価値そのものの賠償を認めると大家が不当に得をする結果になりますからね。
ただし、事案によってはもう少し掘り下げて検討しないとモメるだろうなと思います。

4 残された疑問点・懸念点

(1)疑問点①

上記裁判例の(1)で具体的な売却予定について裁判所は検討しています。
仮に本件で具体的な売却予定があったとしたら売却予定価格マイナス仕入れ値が逸失利益として損害になる可能性があるのではないでしょうか。
ただし、どの程度の事実関係で売却予定を認定してもらえるか・具体的にいくらが損害になるかなどは未知数です。

(2)懸念点①

仮に本件で、自死による解約直後に従前の賃料で貸し出せていた場合はいくらが損害になるでしょうか?
上記裁判例によれば2年分程度の賃料相当額が損害ですが、実際に支障なく賃貸できている場合には損害は発生していないのではないかという問題が生じます。
(その場合でも大家側は本来もっと高値で貸せたなどと主張してきそうですが。)

(3)懸念点②

上記裁判例いずれでも問題になっていたようにこの類型の紛争では③清掃費用が問題になります。
大家目線で考えると、上記(1)裁判例では具体的臭気の発生状況から特殊清掃の必要性を否定しており、容易には認められないのではないかという懸念があります。
また、原状回復費用については上記の原状回復に関するガイドラインによる制約を受ける点に注意が必要ですが、この点は賃貸借契約書の特約である程度カバーできるように思います。

以上


あくまでも下級審裁判例の分析ですので、具体的な事案についての結果を保証するものではい点にご注意下さい。
また、ご自身のご相談事案を離れて、当ブログに関する一般的な法律論の質問は受け付けておりませんのでご理解いただければと思います。

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