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債務不履行に基づく損害賠償請求の要件の整理

よく使う条文である民法415条の要件を整理して解説した記事です。


今回のテーマは『債務不履行に基づく損害賠償請求の要件の整理』です。

損害賠償請求には大きく分けて次の2つがあります。
1 債務不履行に基づくもの(民法415条)
契約関係がある場合にその不履行を巡る賠償請求。レンタルショップでDVDを借りたが返さなかった、などの例が挙げられます。


2 不法行為に基づくもの(民法709条)
契約関係が無くても請求可能。交通事故が典型例です。

→詳しくは当ブログ『損害賠償請求で請求出来る損害の範囲とは。』参照。

今回は実務で問題となりやすい1債務不履行に基づく損害賠償請求の要件について、誤解しやすい点をまとめてみました。
いつもより少し学術的で難しい話になります。

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相談者: 先生! 私はDVDのレンタルショップ事業を営んでいるのですが、お客さんが借りたDVDを返してくれません。法的措置を検討しているので、損害賠償請求についてわかりやすく教えて下さい。

私:そのような事案では債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条)をまず検討すべきです。実体法(条文)上の要件は次のとおりです。


① 債務の存在
② 事実としての不履行
③ 債務者の帰責事由
④ 損害の発生
⑤ ②と④の因果関係


※中田裕康教授の『債権総論』第4版を参考にしていますが、他にも様々な整理がありえます。とりあえず本稿は上記の整理を前提にします。

相談者:①~⑤をすべて主張・立証すれば裁判で勝てるんですか?

私:そういうわけではありません。実体法上の要件は最終的に損害賠償請求権という法律効果が発生するための要件です。
原告が立証する責任を負うのは上記①~⑤の一部で残りは被告が立証責任を負います。これを要件事実と言います。この振り分けは『公平』と言う観点からなされます。

相談者:法律効果が発生するための要件と原告である私が実際に主張立証しなければいけない要件にズレがあるわけですね。それでは債務不履行に基づく損害賠償請求をするには、原告としてどのような事情を主張立証しなければいけないのですか?

私:まとめると次のようになります。
⑴ 債務の発生原因
⑵ ⑴の債務の不履行の要件事実
履行遅滞について

 ❶ 当該債務の履行に確定期限があること※確定期限のある本件の場合
 ❷ ❶の期限の経過
(❸ ❶の債務が❶の期限までに履行されなかったこと)
(❹ 反対債務の履行又はその提供(双務契約の場合))
履行不能について
 Ⅰ 履行が不能であること
不完全履行について
 壱 履行が不完全であること
 弐 追完が不能であること
⑶ 損害の発生及び額
⑷ ⑵と⑶の因果関係

相談者:履行遅滞とか履行不能とか不完全履行って何ですか?

私:債務不履行の形態について、履行遅滞、履行不能、不完全履行のどれに当たるのかを摘示するのが一般的です。履行期に遅れたら履行遅滞、何らかの事情で履行が出来なくなったら履行不能、履行が不完全であれば不完全履行です。
※厳密にはこの3つに当てはまらないものもあるため、異なる分類も学説上は有力ですが本稿は一般的に実務でも採用されているこの三分類説に依拠していきます。
本件は履行遅滞なので履行遅滞のところを注目して下さい。

相談者:実体法上の要件③の債務者の帰責事由はどこにいったんですか?

私:③要件については、帰責事由の不存在が抗弁に回ります。
契約によって既に給付する義務を負っている者の不履行ですから、帰責事由が無いというイレギュラーな事情については公平の観点から被告が立証責任を負います。

相談者:抗弁って何ですか?

私:今解説している⑴~⑷の要件事実が仮に立証されたとしてもその法律効果の発生を妨げる事実が立証されれば原告の請求は棄却される(被告が勝訴する)ことになります。
このような法律上の反論を抗弁と言います。
本件では被告が帰責事由がない(落ち度がない)ことを主張立証することに成功すれば原告の請求は棄却されます。

相談者:❸で括弧がしてあるのは何ですか?

私:❸要件は実体法上の要件②債務の不履行のことですが、これが必要かについては争いがあります。
そもそも、「債務不履行に基づく損害賠償請求において、原告は債務の不履行について立証責任を負わない」という命題があります(大学等で教員から耳にタコができるくらい聞きます)。そうはいってもテキストを見ると債務の不履行も要件事実と書いてあるので大混乱を招くのですが、これは学説と実務が乖離していることから生じる誤解です。
この点、ほとんどの学者は履行不能や不完全履行では債務の不能や不完全が要件事実になることとの均衡から❸要件が必要と考えますが、実務上は❸要件は不要と考えます。

相談者:何故でしょう?

私:債務の履行が『ない』ことの証明が困難であること。また、債務者は受領書の交付請求権(486条)を有しており、履行したことの立証は容易であることが理由です。
結局、原告は履行遅滞においては確定期限の合意とその到来さえ主張立証すればよく、被告はこの点を争いたければ自ら債務を履行したことを主張立証するしかないことになります。

相談者:❹は何ですか?

私:❹要件は学者の本によっては違法性と言われているものです。双務契約においては同時履行の抗弁権(533条)があるため、原告から原告が債務を履行した(=違法状態にある)ことを言わなければいけません。いわゆるせり上がりと言われる問題です。

相談者:履行が可能であることを要件に挙げる本を見たことがありますが、その要件はどういった位置づけになるのですか?

私:これも公平の観点から履行が不能であることが抗弁になると考えます。

相談者:最後にまとめてもらって良いですか?

私:つまり、”期限の経過”と”債務の不履行”が別概念で立証責任の所在も異なるということです。

これは私自身の経験でもありますが、「債務不履行に基づく損害賠償請求において、原告は”債務の不履行”について立証責任を負わない」という命題を念頭にテキストを読むと混乱します。しかし、結論として原告は、”債務の不履行”については立証責任を負わず、単に期限の合意と経過を主張・立証すれば良いことになります。

つまり、レンタル屋が”お客がDVDを返していない”(=債務の不履行)ことまでを主張立証する必要は無く、”返却日が○○日でそれは既に過ぎた(=返済期限の合意とその経過)”ということさえ言えば良いということになります。

小さな違いに見えるかも知れませんが実際に立証しようとするとかなり大きな違いになります。


最終的に本件で原告が主張立証すべき要件は次のとおりです。
※ナンバリングはそのままにしています。
⑴ 債務の発生原因
⑵❶ 当該債務の履行に確定期限があること※確定期限のある本件の場合
 ❷ ❶の期限の経過
 ❹ 反対債務の履行又はその提供
⑶ 損害の発生及び額
⑷ ⑵と⑶の因果関係

相談者:本件では要件に該当する具体事実や必要な証拠はどうなりますか?

私:次のようになります。カッコ内は必要な証拠の例です。
⑴ 賃貸借契約締結の事実(契約書)
⑵❶ DVDの返却日を○月○日と定めた事実(契約書・レシート控えなど)
 ❷ ○月○日の経過(明らかな事実であり証拠不要)
 ❹ DVDを貸付けた事実(伝票等)
⑶ 損害が△円(利用規約や料金表)
⑷ 上記損害がDVD返却滞納により生じたものであること(相手からの反論次第)

相談者:なるほど。よくわかりました。よく使う条文ですがきちんと整理すると奥が深いですね。

以上

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