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一般住居における原状回復義務の範囲及びそれによる敷金返還請求の可否を解説した記事です。
今回のテーマは一般の方の賃貸住居についての“敷金返還請求”です。
近頃暖かくなってきて、春の訪れを感じますね。新生活をスタートさせるために引っ越す方も多いかと思います。
引っ越しといえば、管理会社によっては、退去時の原状回復義務の範囲について数多くの特約を設けることで、敷金を返してくれないことがあります。
一般の住居の敷金は家賃の1〜2か月分ですから、敷金返還請求について、訴訟までするのは難しいかと思いますので、この記事で解説していこうと思います。
なかなか難しい問題ですが、思いがけず高額の退去費用を請求をされたらご相談ください。
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相談者: 先生!実は先日引っ越したのですが、管理会社が大手だからか賃貸借契約書や賃貸住宅紛争防止条例に基づく説明書など沢山の書類にサインさせられて大変でした。ところで、原状回復の項目をよく読むと、経年劣化や通常損耗を含むとするクリーニング費用もこちらで負担することになっています。色々言われて敷金が返ってこなかったらと思うと不安です。
私:まずは民法の大原則から確認していきましょう。2020年施行の債権法改正で改正された箇所ですが、現状回復義務について、民法上は通常損耗(通常の使用によって生じた賃借物の損耗)や経年劣化は賃貸人(貸す人のこと。大家。)の負担となっています(改正民法621条)。
つまり、通常損耗等につき、当事者間で何も合意しなかった場合は民法により賃貸人負担となります。例えば5年前に借りた新築の建物を明け渡すときに、入居時の状態に回復しなければならないとすれば、賃貸人は建物を貸して賃料収入を得ておきながら、建物の返却を受けるときには建物はいつも新築同様というおかしな事態になってしまうからです(※大阪高判平成16.12.17(判時1894・19)も同趣旨のことを熱弁していますので興味のある方はご覧ください。)。
一方で、一定の厳格な条件の下、賃借人負担とする特約も有効とされていますので特約がある場合はその有効性を争うことになります。
相談者:仮に細かいことを契約書で定めていなかった場合に、何が通常損耗に当たるかというのはどうやって判断するんですか?
私:国交省のガイドラインや東京都のガイドラインを参考にすることが多いです。これは多数の裁判例の集積に基づくもので、例えば、「テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ」は賃貸人負担、「壁等のくぎ穴、ネジ穴」は賃借人負担など、かなり詳細に書かれており、参考になります。普通に読んでいても面白いのでリンクを貼っておきますね。
相談者:なるほど。特約がないとそういうことになるのですね。
一方で、今回は契約書に通常損耗等を含むクリーニング費用は賃借人の負担とする特約があるパターンです。正直、すごいスピードで契約書が読み上げられて、その場ですぐに署名したので、十分に特約の内容を理解していなかったのですが、署名した以上は負担しなければいけないのですよね?
私:特約の有効性について、最判平成17.12.16(判時1921・61)は「賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには,賃借人が補修費を負担することになる上記損耗の範囲につき,賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか,賃貸人が口頭により説明し,賃借人がその旨を明確に認識して,それを合意の内容としたものと認められるなど,その旨の特約が明確に合意されていることが必要である。」と判示しています。
相談者:うーん。契約書等はしっかりしたものなので「具体的に明記」されていることは争えないかもですねぇ…。
私:合意の存在が認められたとしても最後の手段として、消費者契約法10条違反により特約が無効であると主張する手段が考えられます。
国交省や東京都のガイドラインによれば、特約の有効性は、次の①〜③により判断されるとありますので、この要件を満たしていない場合、その特約は消費者契約法で無効になる可能性があります。
①特約の必要性があり、暴利的でないなどの客観的理由が存在
②賃借人が特約により通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことを認識していること
③賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること
相談者:う〜ん。契約書や重要事項説明書を見ると、通常損耗は大家負担であるという原則を明示しつつ、例外としてクリーニング費用がかかることが示されていますね。また、クリーニング費用についてもちょっと高い気がしますが、おおよその相場が示されています。
私:契約書や重要事項説明書を拝見すると、上記要件の②③は満たしてそうですね。暴利的でなければ争うのは難しいかもしれません。
相談者:実は引越しの際に、壁紙が少し破けたり、フローリングを凹ませたりしてしまったのが心配です。こういった費用はどうなるんですか?
私:このような修繕費は賃借人の故意過失によるものですから賃借人負担になります。ただし、その場合でも例えば不必要に壁紙を全て交換するようなことはできませんし、負担割合という物がありますから全額負担ということにはなかなかならないと思います。
相談者:負担割合って何ですか?
私:冒頭でお話ししたように、通常損耗は賃貸人負担が原則です。したがって、例えば新築で1年借りて出て行く場合、1年分の経年劣化分を差し引いた金額を負担することになります。あなたの場合でも契約書に負担割合の表がありますよね?1年だと85%ですのでこの割合を負担することになります。
相談者:なるほど…。最後にまとめるとどういうことになりますか?
私:あなたの場合、通常損耗は原則賃貸人負担です。ただし、通常損耗を含む部分についてもクリーニングの費用を負担することになります。この特約は現状有効そうに思えますが、クリーニング費用があまりにも高額であるならば争う余地が生じると思います。
壁紙やフローリングの傷はあなたが負担することになると思いますが、その場合、負担割合や修理箇所による制限が生じます。
ただし、自分で傷つけた物でないものは当然負担する義務はありません。入居時や退去時の立ち会いでしっかり確認し、不当な請求があれば争えるでしょう。
相談者:そういうことでしたらある程度納得できますね。もし揉めたらお願いします。
私:今回は大手の管理会社が相手ということで契約書なども作り込まれていましたが、小さな管理会社や個人の場合、借地借家法を無視した契約書であることも多く、そのような場合はかなりの部分が争えますのでご相談いただければと思います。
以上